建設現場や港湾、工場など、重量物の取り扱いが日常的に行われる場所で、当たり前のように使われている角材があります。それがバタ角です。一見すると地味な存在ですが、バタ角は単なる角材ではありません。それは、作業の安全性、資材の品質保持、そして業務効率の向上に直結する、極めて重要な仮設資材です。
その役割は多岐にわたります。例としては、①重量物の下に置いて空間を作り、玉掛け作業を円滑にする、②大切な資材の下に置いて直置きを回避し、水たまりや泥汚れを防止する、③トラック移動の際に部材の下に置いて部材を安定させると同時に、フォークリフトを使用した荷下ろし作業をしやすくする、などです。しかし、その重要性にもかかわらず、バタ角の品質や選定基準は、これまであまり重視されてこなかった側面があります。
本稿では、基本的なバタ角の定義から、具体的な用途、材質ごとの比較まで網羅。現場のプロフェッショナルに向けて、バタ角に関する知識を包括的に解説します。その中で「樹脂製バタ角」がなぜ今注目されているのか、その理由を客観的な視点から解き明かしていきます。
バタ角とは、主に建設・土木現場で、資材の仮置きや型枠の補強などに用いられる角材を指します。一般的に、断面が90mm×90mmのものがバタ角として広く認識されています。3の倍数となっているのは、江戸時代以前の日本で、独自の尺(1尺=約300mm)、寸(1寸=約30mm) などの尺貫法が使われていた名残です。ちなみに尺貫法は昭和34年 (1959年)に廃止され、フランスで誕生し世界で採用国が広がっていたメートル法が日本国内でも統一基準として採用されました。
特徴的な名前の由来については諸説ありますが、最も有力なのは一本の丸太から角材を切り出した際に残る 「端(はし)」の部分、つまり丸みや樹皮が一部残ったような木材を指す言葉「端太角(ばたかく、はだかく)」が語源という説です。この部分の木材は、安価で入手しやすかったため様々な用途に使われるようになり、バタ角という呼称が定着したようです。
現場では「りん木 (りんぎ)」という言葉もよく使われ、バタ角と混同されがちですが、厳密には、両者には本来の用途に違いがあります。
バタ角: 本来はコンクリートを流し込むための型枠が、コンクリートの圧力で歪まないように補強する目的で使われる角材。
りん木: トラック輸送時や現場での仮置きの際に、資材の下に敷いて地面との間に隙間を作るための台木。
実際の現場では、バタ角がりん木の用途(台木) として使われることが非常に多く、その逆もまた然りです。現在では両者の区別は曖昧になっており、本稿でも、りん木としての用途も含めた広義のバタ角として解説を進めます。
バタ角の語源が丸太から角材を切り出した際の端の部分を示す「端太角」から来ているという説が示す通り、その材質は古くは木材のみでした。しかし近年は様々な材質が出てきているようです。以下、主な材質と特徴を3つ挙げます。
バタ角がその真価を最も発揮するのは、クレーンを使用する重量物の荷役作業です。ここでは、バタ角が現場の安全と効率にどのように貢献しているかを具体的に解説します。
大型車両や特殊車両で搬入された鉄骨、水濡れ厳禁の石膏ボードなどの資材を荷下ろしする際、それらを地面に直置きしてしまうと、様々な問題が発生します。
第一に、資材の品質が損なわれるリスクです。地面に直置きすると、雨天時には地面からの水分を吸い上げ、資材の錆びや劣化の原因となります。また、泥や土での汚れも避けられません。バタ角は、これらの外的要因から資材を保護する役割を担っています。
第二に、玉掛け作業が著しく非効率になります。ワイヤーロープやスリングベルトを資材の隙間に通すことができなくなるためです。バタ角を数本敷くことで資材と地面の間に空間が生まれ、玉掛け作業を効率的かつ安全に行うことが可能になります。
建設現場の地面は、常に平坦で固いわけではありません。基礎工事後の不整地や、縁石などの段差が存在する場所も多くあります。このような状況で、バタ角は仮設材として優れた能力を発揮します。
例えば、重機が安全に通行できるよう、バタ角を敷き詰めて仮設の通路やスロープを構築することができます。これにより、作業動線を確保し、重機が不安定な場所で傾いたりするリスクを低減します。
バタ角の品質は、作業員の生命を左右するほど重要です。厚生労働省の統計によれば、クレーン関連の死亡災害の多くは、「荷の落下」や「荷との激突」によって引き起こされています。これらの事故の背景には、不適切な玉掛け作業や、不安定な仮置きといった要因が潜んでいます。
ここで、バタ角の品質が問題となります。例えば、屋外に放置され、雨水を吸って腐食した「木製バタ角」を考えてみましょう。見た目では分からなくても、内部の強度は著しく低下している可能性があります。その上に重量物を置いた瞬間、バタ角が荷重に耐えきれずに破断し、荷崩れが発生するかもしれません。また、雨で濡れて滑りやすくなったバタ角の上で、吊り荷が予期せずずれてしまい、バランスを崩すことも考えられます。
労働安全衛生法において、事業者は労働者の安全を確保するための措置を講じる義務(安全配慮義務)を負っています。腐食やささくれ、強度低下といった欠陥を持つ資材を使用し続けることは、この義務を怠っていると見なされる危険性もあります。したがって、バタ角の材質を選定し、適切に品質管理することは、単なるコストの問題ではなく、リスク管理とコンプライアンス遵守の一環とも言えます。
これまで主流であった「木製バタ角」には、天然素材ゆえの避けられない課題が存在します。それらの課題を克服するために開発されたのが、「樹脂製バタ角」です。両者を比較することで、樹脂製が選ばれる理由を解き明かしていきます。
「ライフサイクルコスト (LCC)」とは、製品の購入費用(初期費用) だけでなく、運用中のメンテナンス費用、交換費用、そして最終的な廃棄費用までを含めた、総コストのことです 。
「木製バタ角」は初期費用こそ安価ですが、短い耐用年数のために頻繁な交換が必要となり、その都度、購入費用と廃棄費用、さらには交換作業に伴う人件費が発生します。これらを合計したLCCは、結果的に高額になる傾向があります。
一方「樹脂製バタ角」は、初期費用は木製より高いものの、圧倒的な長寿命とメンテナンスフリーという特性により、運用や交換にかかるコストをほぼゼロに近づけることができます。長期的な視点で見れば、LCCを大幅に削減できるため「樹脂製バタ角」は極めて合理的な経営判断と言えます。
本来のバタ角は前述の名前の由来で記したとおり、その語源から「安価な消耗品」や「品質のばらつき」というイメージを想起させます。
しかし、検査や規格を通った「樹脂製バタ角」の登場は、従来のイメージから脱却し、「品質保証された安全な工業製品」へと再定義する動きとも言えるでしょう。
| 項目 | 木製バタ角 | 樹脂製バタ角 | 樹脂製のメリット |
|---|---|---|---|
| 耐久性・耐腐食性 | 有機物のため腐食、シロアリ被害あり | 無機物のため腐食しない | 性能劣化による突然の破損リスクを低減し、安全性が向上する |
| 耐候性・吸水性 | 天然素材のため乾燥による反り、吸水による重量増や紫外線での劣化あり | ポリエチレン素材は紫外線で劣化せず、吸水や乾燥もしない | 天候に左右されず、常に安定した作業性を確保できる |
| 品質の均一性 | 天然素材のため、同じ種類の木材でも均一性はない | 工業製品のため基本的に均一である | データに基づいた正確な耐荷重計算が可能になり、安全管理の確度が高まる |
| 持ち運び時の安全性 | 木目や割れがあり、トゲ、引っかかりのリスクあり | 滑らかな表面でトゲ、引っかかりのリスクなし | 作業員の労働災害リスクを直接的に低減できる |
| メンテナンス性 | 防腐処理などが必要 | 洗浄のみ必要 | 管理工数とランニングコストを削減できる。 |
| 耐用年数(目安) | 短い (1~3年程度) | 長い(10年以上も可能) | 交換頻度が減り、廃棄物の発生を抑制する。 |
| ライフサイクルコスト (LCC) | 高い | 低い | 長期的な観点では、トータルコストを大幅に削減できる。 |
| 環境負荷 | 腐食劣化のため短期間で廃棄され、森林資源を消費 | 製品寿命が長く再生材としても利用可能 | 企業のSDGsやGXへの取り組みに貢献する。 |
「樹脂製バタ角」の優れた性能を最大限に引き出すためには、現場の要求に合った製品を正しく選定し、適切に活用することが不可欠です。また、最終的に廃棄する際にも、再資源化という可能性があります。
製品選定で最も重要な指標は「圧縮強度」です。これは、バタ角がどれだけの圧力に耐えられるかを示す数値であり、安全性を担保する根幹となります。選定にあたっては、JIS K 7181 「プラスチックー圧縮特性の求め方」やISOなどの公的な試験規格に準拠した、信頼性の高いデータを公開しているメーカーの製品を選ぶことが重要です。
材質としてよく使われている高分子量ポリエチレン (HMW-PE)は、剛性、耐衝撃性、氷点下の環境(マイナス100℃) にも耐える耐寒性や、耐水性・耐薬品性などあらゆる基準がバランスよく高いという特徴があります。これらの物性が、屋外の過酷な環境で使用される「樹脂製バタ角」が最適な素材である理由です。
「樹脂製バタ角」の導入は、現場の安全管理を従来の「経験則」から「データドリブン」へと転換させる契機となります。「この資材の重量は〇〇トンだから、圧縮強度が〇〇MPaのこの製品を使用する」といった客観的データに基づいて安全計画が立てられるため、現場全体の安全レベルを正しく予見することができます。
「樹脂製バタ角」は基本的にメンテナンスフリーですが、いくつかの点に留意することで、より長く安全に使用することができます。
これらの簡単な管理を実践するだけで、「樹脂製バタ角」の性能を最大限に引き出し、長期にわたる安全な運用が可能になります。
非常に製品寿命の長い「樹脂製バタ角」ですが、万が一耐用年数を終えたり、破損して使用できなくなったりした場合は、適切に処分する必要があります。事業活動に伴って排出されるため、これは「産業廃棄物」の中の「廃プラスチック類」に分類されます。
排出事業者は、法律に基づき、都道府県などから許可を受けた産業廃棄物処理業者に収集運搬・処分を委託する責任があります。廃プラスチック類は、単に埋め立てや焼却されるだけでなく、破砕・再加工して別の製品の原料にするマテリアルリサイクルや、化学的に分解して原料に戻すケミカルリサイクル、固形燃料化するサーマルリサイクルなど、様々な方法で再資源化が可能です 。
適切に分別・処理することで、最後の瞬間まで資源として有効活用できる可能性があります。
本稿では、作業現場に不可欠なバタ角について、その基本的な役割から、従来の「木製バタ角」が抱える構造的な課題、そしてその課題を解決する「樹脂製バタ角」のメリットまで多角的に解説しました。
「樹脂製バタ角」がもたらす価値は、以下の3つの軸に集約できます。
バタ角に対する認識を「安価だが頻繁に交換が必要な消耗品」から「長期にわたり現場の安全と価値を提供する資産」へと転換する時が来ています。
「安全性、経済性、環境性」のすべてを高いレベルで備えた樹脂製バタ角は、もはや特別な選択肢ではなく、現代の作業現場において「新たなスタンダード」として使いこなすべき存在です。現場の安全性、会社としての経済合理性、時代の要請である環境性を見据えた賢明な選択が、今、求められています。